2015年10月12日月曜日

もう高性能ロボットだよね。次世代ルンバ登場。

滝田勝紀の「白物家電、スゴイ技術」:
大切なのは技術より“使う人にとっての価値”――開発担当者に聞く「ルンバ980」

滝田勝紀,ITmedia

「ルンバ980」はこれまでのルンバと同じようなフォルムだが、中身はまったく別物だ。「最初のルンバ以来、最高の出来」という自信作だが、開発担当のケン・バゼドーラ氏は技術よりも大切なものがあるという。


 国内でも10月10日に発売される米iRobotの「ルンバ980」。これまでのルンバと同じようなフォルムだが、中身はまったく別物となった。同社のコリン・アングルCEOが、「2002年にデビューした最初のルンバ以来、最高の出来」という自信作について、開発担当のケン・バゼドーラ氏に詳しく聞いた。

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「ルンバ980」

書いたプログラムは従来の100倍

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新製品発表のために来日した米iRobotのケン・バゼドーラ氏

 「ルンバ980」が従来のルンバと最も違う部分が、頭脳である「iAdapt 2.0 with Visual Localization」を搭載した点だ。これは主にBtoB製品向けに開発されたモバイルロボットプラットフォーム「Ava」(エイバ)の技術を、家庭用の「ルンバ980」に技術転用したものである。とはいえ、ただ、転用するといっても、そこにはいろいろ苦労があった。

 「シスコシステムズと共同で開発したロボット型テレビ会議プラットフォーム『Ava 500』がレーザーを使って状況を把握するのに対し、『ルンバ980』はローコストなカメラを使いました。BtoC用、つまりコストをあまりかけられないためです。このカメラもスマートフォンのカメラなどよりも性能が低いもの。しかし、この技術を開発するのに基礎研究から合わせて10年以上の時間がかかりました」

 さらに苦労したのが、すべてのエコシステム――つまりシステム全体をスームズに動かすための接続だ。「『ルンバ980』はクラウドとアプリケーション、それに本体と接続するため、ソフトウェアの量も数も質も違います。従来のルンバと比べて、100倍ほどのプログラムコードを書きました。そららがしっかりと動作するか、そういったテストの数も段違いで、ようやく製品化にいたっています」

 もっとも気になるところが、従来のルンバとはまったく違い、マッピング技術を駆使して、直線的かつ効率的に動くところだ。この仕組みについてあらため聞いてみた。

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従来のルンバとはまったく違い、直線的かつ効率的に動く「ルンバ980」

 「vSLAM(Visual Simultaneous Localization And Mapping)の技術を導入し、本体上部のカメラで特徴的なランドマークをみつけながら室内の形状を把握していき、『フロアトラッキングセンサー』を組み合わせることで、常に自機の位置を把握しています。フロアトラッキングセンサーでは、車輪の直径などを考慮しながら移動距離を計測します。また『ルンバ980』は30度上方の角度を見上げる形で部屋を見ていますが、いわゆる人間の見え方とは違って光や明暗のパターンで、室内各所のランドマークを認識しているのです」。

 口にするのは簡単だが、「ルンバ980」が掃除する工程を解説してもらうと、実際はソフトウェアでかなり複雑なことが行われていると分かる。

 「ルンバ980がマップを作りながら移動していると、センサーが障害物や段差などを検知します。そこでは従来のルンバ同様、経験則に基づいたアルゴリズムで最適な動きをします。一段落すると通常の動きに戻り、それを繰り返すことでマップはどんどん広がっていきます。ある時点で、“ここの部屋はもう全部掃除した場所だ”と『ルンバ980』自身が判断すると、次の部屋へと向かい、また同じように地図を作りながら掃除を進めます。最終的に家全体、もう“行くところがない”とマップがクローズするまでこの動きは続きます」

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途中でバッテリーがなくなると最短のルートでホームベースに戻る

 掃除するフロアが広い場合、途中でバッテリーがなくなるケースもある。すると「ルンバ980」は従来機と同様、自動的にホームベースに戻って充電を行う。異なるのは、ホームベースに帰るときの動きだ。「すでにホームベースまでのエリアの地図はできているので、もっとも最短のルートでルンバは戻ります。そのルートは本当に緻密(ちみつ)ですよ。そこで自身で充電し、完了したら再度、掃除を途中でやめた場所まで戻り、掃除をリスタートするのです」

掃除力アップの秘密

 「ルンバ980」は「iAdapt 2.0 with Visual Localization」により地図を作成することで、既存のルンバの経験則的な動作に加え、よりインテリジェントに動けることが分かった。しかし、これまでは平均4回も同じ場所を通って掃除していたのに対し、「ルンバ980」は同じ場所を1度しか通らない。床は本当にきれいになるのだろうか?

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ルンバが作った地図のイメージ

 「そのために吸引力を高めるべく、採用したのが『ハイパワーモーターユニットG3』です。従来機と比較して吸引力が10倍、清掃性能自身も2倍に高まりました」

 出力の高いモーターを変えただけで、そんなに吸引性能が上がるものなのだろうか? それなら、もっと出力の高い大型モーターを積むことも考えられたのではないだろうか? バゼドーラ氏が続ける。

 「ロボットシステムを設計するにあたり、もっとも重要なことは、各パラメータのバランスをとることです。バッテリーのパワー、エネルギー消費量、本体サイズ、さらに吸引力の強さ、それぞれのバランスがしっかり取れていないと実用的なロボットにはなりません。ルンバの場合、これまでの動きを変えた分、『ハイパワーモーターユニットG3』で吸引力を強める必要がありました。とはいえ、それだけで10倍の吸引力を達成できたわけではありません。エアロフォースをなるべく効率良く生み出すために、流入路に従来機とは違う改良を加えたり、『ハイパワーモーターユニットG3』をダストボックス内に斜めに配置したのもそのためです。そうすること流入路とインペラーが直線的に結ばれ、空気のロスが減るのです」

 同時に広範囲(長時間)の掃除というミッションもロボット掃除機にとっては必要な要素だ。「エネルギー消費をなるべく減らす努力をしました。そこで生み出されたのが、『カーペットブースト』機能であり、『ダートディテクトモード』です」

 「カーペットブースト」は、「ルンバ980」がカーペットやラグマットの上にくると自動的に吸引力を引き上げるというもの。一方の「ダートディテクトモード」は、センサーが“ゴミが多い”と判断した場所で前後に移動して念入りに掃除するという機能だ。ゴミの少ないところ、ゴミを吸い取りやすいところで吸引力を高める必要はないが、ゴミが吸い取りづらいところや、異常に汚れている場所では吸引力を高めたり、繰り返し掃除する必要がある。これは人間が掃除する場合でも同じ感覚だろう。

 「ハードフロア、つまりフローリングなどは塵やホコリが固い面にのっかっているため吸引力をそこまで高めず、一度通っただけでも簡単にきれいになります。一方、カーペットはそうはいきません。毛の奥にまでゴミが入り込んでいたり、時には髪の毛が絡まってたりします。そこではカーペットブースト機能を働かせ、最大10倍の吸引力で根こそぎそれらを集塵します。あとはフローリングなどでも極端に汚れているところはセンサーが汚れを検知するとダートディテクトモードが働き、何度もその場所を前後するように動いて、最終的にゴミをすべて吸引するのです」

畳の上ではどう動く?

 1つ疑問に感じるのは、「ルンバ980」が現状どういった素材のフロアにいるのかをいかに検知しているか。バゼドーラ氏はそれにも明快に答えてくれた。「路面の判断は実はフロアトラッキングセンサーでもタイヤの摩擦でもなく、『AeroForce エクストラクター』で行っています。ゴミを吸い上げるのに必要なパワーやエネルギーをセンサーで検知して、その大きさから床面の素材を検知するというアルゴリズムを開発しました。フローリングの上では、『AeroForce エクストラクター』との距離が少し空くのに対し、絨毯(じゅうたん)の場合はタイヤが沈み込むため、フロアとの距離が縮まります。フローリングの場合、空気の流入がスムーズであるのに対し、絨毯は地面との距離が近く空気の流入速度が弱まります。その違いによりエネルギーの大きさが変わるので、適材適所、用途にあった吸引力を実現できるのです」

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 では、日本の住居独特の畳に関してはどのような処理をしているのだろうか? 「日本の住居にある畳は、フローリングと比べるとやや(ルンバの)本体が沈み込むため、どちらかといえば絨毯にいるのと同じ動きをするので、カーペットブーストが効くはずです。これも『ルンバ980』が自分で判断している結果ですが、あまり畳は強い吸引力で吸い込む必要がないと思われる場合には、アプリでエコモードなどに設定していただくなど、回避する方法もちゃんとチョイスできるようになっています」

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発表会場では畳を含むさまざまな床を掃除してみせた

 「ルンバ980」は、自分でしっかり判断できるのはもちろん、ユーザーの指示をスマホ経由でしっかりと受け取り、動かすことができる万能ロボット掃除機だ。だから、仮に1度しか通らないのは不安だという場合には、1カ所を2回以上通る動きもさせることもできるようになっている。

 「実際、動かす前はそのように不安を持たれる方は多いはずです。実際に開発途中のベータユーザー(社員やモニター、意見を聞くための限定的なユーザー)にもそういった方々はいました。とくにこれまでのルンバを使っている方が、そうした印象を持たれるのは仕方ないと思います。でも、実際に検証したのですが、『ルンバ980』の清掃性能というのは本当に高く、従来の『ルンバ800』シリーズが3回走らせて集塵するゴミの量より、『ルンバ980』が1回通っただけで集塵したゴミの量のが多いという結果が出ているのです。ですから、大多数のベータユーザーは最終的に『ルンバ980』を1度しか通らないベーシックな動きに戻しましたね」

 また、効率性を随所にわたり追求している『ルンバ980』だから、一度通った場所を移動する場合は吸引力をゼロにするという考え方もありだとは思うのだが、実際はどうなのだろうか?

 「実はそうすることも考えたのですが、ゼロにしてしまうとユーザーが混乱をするおそれがあると思い、実行しませんでした。故障と勘違いされる方もいると思いましたので。そのために、例えば一度通った場所を通り過ぎる場合は、最短経路を辿ることで、なるべく吸引力をロスしないように、動きのほうでエネルギー消費を抑えています」

ルンバのスタイルが変わらない理由

 ルンバはこれまで初代モデルからずっと直径35センチの円形で、高さも10センチ弱とほとんど変わっていない。エンジニアとして、常にこれだけ新しい機能を開発しているということは、やっぱり形に関しても理想を追求するために、いろいろ模索しているはずだが、実際はどうなのだろうか?

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ルンバの高さはずっと変わらず10センチ弱。だからベッドの下にも入り込める

 「いろいろチャレンジは試みています。例えば、もっと薄っぺらくして、少し幅があるような形状なども試したり、見た目を重視して少し高さを高くしたりもしてみました。でも、やはり今の形状よりも動ける範囲が減ってしまったり、家具の下に入れなくなったりしたため、結局はこの形状に落ち着いたわけです。しかも円形というのはやはりロボット掃除機にとって理想の形であるのは間違いありません。特に袋小路のような場所から出る時にもっとも効果的。回転して向きを変えれば、どこにもぶつからずに戻ることができるからです。あと、地面からの高さなども、この高さや形状がおそらく理想的だと思います。ちょっとした起伏は先端からすっと上っていきますし。結局は形も同様で、過去の経験則も取り入れながら、バランスを追求した結果、今の形にたどり着いたのです」

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本体でも「CLEAN」ボタンを押すだけ

 「ルンバ980」を操る「iRobot HOMEアプリ」の画面はいたってシンプル。本体同様、「CLEAN」ボタンが表示され、スケジュールの履歴を参照する場合もメニューを辿るだけ。ほぼ迷う要素がない。そして「バーチャルウォール」もこれまでのラウンド形状から、長方形のスクエア形状に変わったが、バーチャルウォール機能と新機能「ヘイローモード」(直径約1.2メートルの進入禁止エリアを設定できる)はスイッチ1つだけで上下に切り替えるだけなので、こちらも使うために説明書いらずだ。

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「バーチャルウォール」はスクエア形状に変わったts_irobot09.jpg
「iRobot HOMEアプリ」では各種設定も行える

 「誰もが簡単に使える、つまりはシンプルであるということは非常に重要です。実は、そのためにユーザーエクスペリエンスエンジニア、産業デザインエンジニアなどが、研究者などが何度もディスカッションして、アプリケーションもバーチャルウォールもこの形に落ち着きました。われわれはロボットエンジニアであり、iRobotは高度なロボット技術を持つメーカーですが、あくまでも思想の根底には“お客様主義”というものが存在します。われわれにとって大切なのは、技術そのものより、使う人にとっての価値を生み出すこと。技術や機能はなるべくインテリジェントな形にまとめ、隠しました。例えばクルマの構造を理解してなくても免許さえあれば誰もがドライブに行けるように、老若男女どなたでも同じようにCLEANボタンさえ押せば『ルンバ980』が自動的に床をきれいにしてくれる、そんな生活こそが大切なのです」